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帝国ホテル
ホテルの皇室御用達ブランド

  帝国ホテルは明治23年11月3日、外務大臣・井上馨が提案し、渋沢栄一が初代株主総代として始まりました。当時鹿鳴館に象徴されるように「欧米化」が日本の国策として進められ、帝国ホテルもその一環として建設されました。ですから宮内省が筆頭株主となります。
 
 総建坪1300余坪、ドイツ・ネオ・ルネッサンス式木骨煉瓦造3層、当時としては東洋最大のホテルでした。室料は最下等50銭、2食付き2円50銭〜9円。当時の2円は、米相場で比較をすると14000円ですから、25000円〜3000円が宿泊費となります。結構な値段です。

 鹿鳴館の隣りに建設された事も有り、東京における社交界の宿泊施設として繁栄します。帝国ホテルは、その経営者の変遷が時代を象徴していた事でも有名です。創業者一族がおらず、帝国ホテルの筆頭株主になることは「日本リゾート王」をも意味することから、明治以降成功した実業家・資本家同士の熾烈なオーナー権争いが起こりました。
 まず最初に、宮内省から大倉財閥の2代目、大倉喜七郎に筆頭株主が移ります。渋沢栄一と帝国ホテル開業に尽力した大倉喜八郎の長男です。次に筆頭株主になったのが、北支の煙草王・金井寛人。後に東京相和銀行の会長になる長田庄一の後ろ盾を得た金井は、1953年以降25年間筆頭株主として君臨します。大倉喜七郎は帝国ホテルに対抗するため、新しくホテル建設をしました。それが「ホテル・オークラ」です。
 金井は途中、白木屋や東洋精糖の株買い占めで名を馳せた横井英樹に買収攻撃をされますがなんとかかわします。横井英樹はその後、建設した「ホテルニュージャパン」が火災を起し、日本事件史に残る惨事を引き起こします。続いて攻撃を仕掛けたのは、田中角栄の懐刀・国際興業社長小佐野賢治です。1956年くらいから株の取得をはじめ、1974年には取締役に就任します。
 1977年に金井の死去に伴い、同氏の持ち株250万株すべてが国際興業に渡ります。以降現在まで、国際興業が帝国ホテルの筆頭株主ですが、小佐野賢治はロッキード事件で有罪判決を受け第一線を退きます。その国際興業が2004年、アメリカの投資ファンド・サーベラスに買収されているので、今の帝国ホテルは外資系企業ともいえます。ということは、日本のリゾート王は現在、アメリカと言う事でしょうか。帝国ホテルの歴史は、日本現代史の権力変遷と同じ運命と言う事は奇遇です。

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